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2001年 9月 12日 (水)

午前中は,いつものとおりテレビでも見ながら書きものをしようと思っていたのだが…前夜に発生した米国同時多発テロのおかげで,通常のテレビ番組は軒並み中止となり特別番組が編成されている。前夜 22:00(日本時間)の事件発生直後のテレビ報道は僕も見ていたが,その後深夜早朝を通じてずっとこんな調子らしい。

重大事件だということは承知しているが,憶測を含めたさまざまな情報が錯綜し続ける中においてもひっきりなしにリアルタイムで報道する必要がどこにあるのか,僕にはまったく理解できない。一連の特別番組はといえば,何か目新しい情報が入るまではまるで壊れたナントカのように同じ情報を繰り返すのみだ。最新情報を手に入れたければインターネット上のニュース・サイトでも閲覧して自分からそれを得れば済むことだし,わざわざテレビによって押しつけられるまでもない。むしろ,楽しみにしていた通常番組が休止になることのほうが腹立たしい。これからますますインターネット上のそれを含めたメディアの多様化が進むと予想されるが,そうした状況において,テレビ(テレビ業界)は自身がどのようなメディアであるのかを自覚すべきではないだろうか。 その点においてテレビ東京はさすがだ ――他局が夜までなんと 20時間以上(それだけの時間を費やして我々が得なければならない情報がいったいどこにあるというのだろう!)にも渡ってテロ関連ニュースをたれ流す中にあって,同局は午前中にはほとんど通常の番組に戻していたのだから。

そんな次第で午前中は久しぶりに音楽を聴きながら書きものをし,午後からテレビ東京が放映した映画“2010年”を見る。先月半ばに見た“2001年宇宙の旅”の続編ということだが,両者はどうやら一緒に見たほうがまだいい―というかわかりやすいような気がした。ただ同作において,2010年に米国とソ連が政治的に対立しているという設定が今となっては活きてこないのは,残念というべきかよかったというべきか…。

その後もまだテレビがつまらなかったので,さらに昨日借りてきた DVD のひとつ“NY 殺人捜査線”(ブルーノ・バレット監督,スティーヴン・ボールドウィン主演,1997年)を見る。ニューヨーク市警に実在したボウ・ディートル(本作の原作を手がけ,共演もしている。)を主人公とした物語という設定だが,彼の日常を描くという点では短すぎるし,その日常の中で特に重大事件が発生してそれを追いかけた末に一件落着となるという感じでもない(話の中でひとつ事件が発生して片づくのだが,それとて見る者を引きつけるほどスリリングな展開ではない。)。どうせ上記のようなまとまった設定(コンセプト)があるのなら,やはりここは映画ではなく連続テレビ・ドラマでやったほうがうまくいっただろう。


2001年 9月 14日 (金)

午後,火曜日に借りてきたビデオ“ため息つかせて”(フォルスト・ウインカー監督,ホイットニー・ヒューストン主演,1995年)を見る。主人公である 4人の黒人女性の日々を描いたものらしいのだが,結局は男とのあれこれに終始してしまっているようでストーリィにほとんど起伏がなく,どちらかというとつまらなかった。


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