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2002年 3月 3日

先日来メインのページで「Opera というブラウザがいい」という話をしているのだが,一般には,――特に Microsoft Internet Explorer(MSIE)と比較しての話なのだが―― まだネガティヴな評価もあるようだ。そこで今日は,そうした評価に対する僕なりの解消方法(納得のしかたを含めて)を述べてみようと思う。

まず第一に,有料であるという点である。MSIE はもちろん,かつては有償だった Netscape でさえも無償で配布されている今日,お金を払ってまでブラウザを買う気にならない,という意見がある。しかし,どうも誤解されているフシがあるのだが,Opera はお金を払ってレジスト(購入)しないといずれ起動しなくなるとか機能制限があるというものではない。未レジストでもいつまでも完全な状態で使用することができるのであって,ただ画面右上に広告が表示されるというだけなのだ。 現に僕は,これまでの 3カ月あまりレジストすることなく使い続けているし,これからも“無償で”(すなわちレジストせずに)使い続けようと考えている。

第二に,先ほどの第一点と関連するのだが,レジストしないと広告が表示されるという点がある。「広告が表示されるのは許せない」といわれてしまえばそれまでだが,よく考えていただきたい ――閲覧している頁にだって広告を表示しているところはある。むしろ広告のない頁のほうが少ないかもしれない。現に今ご覧になっている GeoCities の頁は,広告が表示されることを前提としている。そうだとすると,どうせ広告が窓の内側にあるのだったら窓枠内にあったってさして違いはないと考えるのは愚かだろうか。 これがコンピュータのデスクトップとか別の窓が開いてそこに広告が表示されるとなるとまた抵抗もあろうが,それから見ればかわいい(?)ものだ…。なお,広告の表示がほとんど通信の負担にならないことや,これによって閲覧者の個人情報が勝手に収集・利用されるものではないということについては,Opera のサイトに“説明”があるので参照されたい。

Opera の画面
クリックすると 500×441ピクセルで表示されます。

第三に,これも先述と関連するのだが,未レジストで広告が表示されるためツールボタン等の表示部分が狭く,さらには頁自体の表示領域も狭くなってしまうという点である。確かに,ツールボタン等のブラウザの外観を初期設定のまま(デフォルト)にしておくと,広告があるゆえに実際に頁を表示する領域が狭くなってしまう。しかし,右側の画像をご覧いただきたい。ここはユーザたる我々の一工夫のしどころである。

画面の設定を具体的に説明すると,“パーソナルバー”は表示せず,“ステータスバー”は上に,“ウィンドウバー”は下にそれぞれ表示している。また,メインバーのツールボタンはテキストを非表示にして,Opera のサイト内にて配布されている“Minimalist”の“24×24”のセットを使い,さらに同ボタンセットの設定ファイル(buttons_24x24.ini)を少し自分で書き換えている。 キャプチャーした実際のウィンドウのサイズは 800×741 ピクセルで,実際の頁表示領域が 788×565 ピクセルだから,MSIE や Netscape といった他のブラウザと比較してもさほど違わなくなった。上出来である(ちなみに僕は,コンピュータ自体の画面解像度は 1024×768 の XGA にしているが,ブラウザの窓のサイズは表示確認の意味もあって 800×700 程度にしてある。)。確かに,MSIE のようにダイヤログ・ボックスからツールボタンの配置替えができるのは便利かもしれないが,やり方と設定ファイルの仕組みさえ覚えてしまえばこちらはもっと多様なカスタマイズができるということだ。

人によってはいろいろと妥協すべき点があるかもしれないし,(ユーザが)「一工夫」などとは面倒に思われる向きもあるかもしれない。しかし冷静に考えていただきたい。オペレーティング・システムと密接に関連づけられているブラウザを用いたがゆえにうっかりウィルス感染等の被害に遭って再セットアップの憂き目を見るよりも,「一工夫」のほうがよほど楽しくて有意義に思えるのだが…。

結局のところ,我々にはこのような(デフォルトではない)選択肢もあるということだ。もちろん,こうした選択肢の存在を知ったうえでユーザがデフォルトの選択肢を選ぶこともまた可能だが,デフォルト以外の選択肢の存在すら知らないユーザがあまりにも多いということは,メディアの問題であるとはいえないだろうか。

余談だが,ウィルスに関する情報(メディアのそれ)に接するたびに疑問に思うのは,ウィルス対策としてなぜ「Internet Explorer 以外のブラウザを使う」と書かないのだろう,ということである。いちいち「修正ファイルをダウンロードして適用する」よりは,よほど簡便な方法だと思うのだが(笑)。


2002年 3月 15日 (金)

今日はいわずと知れた 鈴木宗男 関連の話題 ――もっとも,誤解されないように断っておくが,ここで批判の対象とするのはあくまでメディアである(当の鈴木氏についてはただ呆れるばかりで特にいうまでもない。)。

この日の午後から夜にかけてのワイドショーとニュースは,鈴木氏が涙を拭いながら話す様を繰り返し飽きるほどたれ流していた。午後 2時台のワイドショーなど,ご丁寧にも生中継をするほどである。僕はその生中継を横目ながらリアルタイムで見ていたのだが,その途中でよくよく画面を見つめて今流れているのが“離党会見”だと知り,いささか驚いた ――「えっ,“議員辞職会見”じゃないのか?」と――。何が悔しいのか何が悲しいのか,お詫びと反省の中身は空虚であるもののあんなにさめざめと泣きながら語るのだから,彼自身があれほどこだわっていた「政治家」の地位までをも早々と辞したのかと,てっきり思ったような次第だ。

こういっては何だが,たかが“離党”だ ――議員を辞めるわけではない。そうやって冷静に考えると,とたんに胡散臭さが漂ってきて鼻白んでしまう。結局あの会見で泣いてみせてそれがテレビでたれ流されることによって,彼自身への同情を集めることが彼の目的なのだろう。そしてそれはきっと,少なくとも彼の選挙地盤あたりでは功を奏するだろう ――つまりは,鈴木氏の思惑どおりに,冷静さを欠いたテレビが踊らされていたということだ。同じ報道でも,例えば翌日の朝日新聞あたりが「涙の独演会」とややシニカルに扱っていたことでも,テレビの反応の過剰さが窺える。

しかし“離党会見”でアレなのだから,仮に“議員辞職会見”があるとすればそこで彼は号泣してイスから崩れ落ちるんじゃなかろうか。


2002年 3月 16日

上野の東京文化会館小ホールで行われたコーラス・グループ“サーカス”のコンサートに出かける。編成は男女 2人ずつのおなじみのメンバーにピアノのみ,後半はこれにチェロが加わるというシンプルなものだ。

“サーカス”のライヴを見るのは,昨年秋の恵比寿ガーデン・プレイスおよび同年末の銀座 YAMAHA でのインストア・ライヴに続いてこれで 3回目だが,ヴォーカルもバックのアンサンブルもつくづくウマい。今日日録音物においてさえ下手クソな演奏が横行している中で,このように聴いていて安心できる音楽はまさに「ありがたい」ものだ。

ところで,その“サーカス”が出演した“THE 夜もヒッパレ”(日本テレビ)がこの夜オンエアされていたのだが,同番組で“サーカス”を見るたびに思うのは,ホンモノよりウマく唄うのでホンモノから苦情が来ないだろうか,ということである。この日も例外なく,“歌がちっともウマくないのに「歌姫」と称されて憚らない某歌姫”の曲をホンモノよりウマく唄っていた。


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