Twitterでつぶやき

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2002年 4月 2日 (火)

なんでも 朝日新聞 が 4月からリニューアルしたそうで,テレビ欄の文字が大きくなった。それはそれで大変結構なのだが,個人的に困ったのはその日放送予定のテレビ番組紹介コーナーの一部が終面でなく途中の面(27面や31面など)に移動してしまったことだ ――特に,「映画」と番組に対する読者の意見・感想とがすべてそちらになってしまったのは痛い。

新聞は毎日ひととおり目を通すのでこれらの記事を見逃すということはまずないが,例えば,何気なくテレビのチャンネルを回していてたまたまある映画が放送されているのを目にしたときに新聞のテレビ欄でその映画の概要を知るには,素早く目にすることができる終面にその紹介があったほうが明らかに便利なのだ。

テレビ自体の多チャンネル化やテレビ番組紹介雑誌の普及などもあってか,テレビ欄に含まれる情報は新聞としてはさほど重要でなくなってきているのかもしれないが,新聞には新聞ならではの使い勝手があってよかったのに……と思うこと,紙面刷新からたった 2日ですでに十数回にも及んでいる。文字サイズまで小さく戻せとはいわないが……。


2002年 4月 3日 (水)

テレビ朝日でこの 3月まで毎週火曜深夜 25:01に放送されていた“Best Hit TV”という番組が,4月以降は水曜 23:15に移動して“Matthew's Best Hit TV”と「パワー・アップ」したらしい。マシュー南こと藤井隆がホストを務めるこの番組,「インフィニット・ドレスの新しい着方を提唱する」などの企画が面白くて番組開始当初から気に入って見ていたのだが,正直いって今回の「パワー・アップ」で少々つまらなくなった。

以前は,VTR での各コーナーやゲスト出演を除いてはホストのマシューが一人スタジオで番組を進行しており,これがなかなか地味な感じでよかったのだが,今回から番組の予算も増えて張り切っているのか,スタジオ・ゲストやコーナー司会者を起用しており,なんだかフツーの,シマリのない番組になってしまったという感じが否めない。

このテの深夜番組は,「パワー・アップ」と称してそれより早い時間帯に(場合によってはゴールデン・タイムにまで)移動することが他局においてもしばしばあるが,えてしてそれがゆえにつまらなくなって,かえって視聴率低迷→番組終了という末路を辿ることが多い。テレビ局は,そうなってしまう責任が番組そのもの(特に内容)でなくむしろ編成にあるということを,気づいているのだろうか。深夜番組の雄といえば“タモリ倶楽部”だが,これとてあの時間帯(毎週金曜 24:09)でヒッソリ(?)とやっているからこその結果であって,あれがゴールデン・タイムでは,やはり打ち切りの憂き目に遭ってもおかしくないだろう。

この日はまだ「パワー・アップ」初回の放送だった“Best Hit TV”だが,くれぐれも編成のおかげで打ち切りになることのないよう願うものだ。個人的には,番組全体を以前のスタイル(マシュー以外のレギュラーは使わない)に戻してもらうことと,“スナックゆかり”の復活を希望する。(“スナックゆかり”は移転後も引き続き放送されていた。


2002年 4月 29日 (月) みどりの日

遅ればせながら“ムネオ・ハウス”を聴いた。「聴いた」ということでもわかるように,この“ムネオ・ハウス”は本来の意味での某所の避難・宿泊施設のことではない。少し前に一般のマスメディアでも話題になっていたが,これは,当該施設に関連して話題の渦中にある鈴木宗男とそれにまつわる人々(国会議員)の発言をサンプリング,コラージュして曲に仕立てたものだ。ハウス・ミュージック自体は個人的にはそれほど好きではないのだが,この一連の“ムネオ・ハウス”シリーズの曲はいずれも面白いと感じる。

こうした公人の公での発言をコラージュした曲を聴いて思い出すのが,フランク・ザッパ(Frank Zappa)の“Porn Wars”(アルバム“Frank Zappa Meets the Mothers of Prevention”所収)という作品だ。発表当時の 1983~84年に,アメリカで国会議員の妻ら(その中心的存在が,先の大統領選で敗れた民主党アル・ゴアの妻ティッパーであった。)が中心となって起こした「ロック・ミュージックの歌詞を検閲しよう」という動きに関連して行われた公聴会(ザッパも出席した。)の模様をコラージュした12分に及ぶ大曲である。「ああ,日本でもこういうエンタテインメントを愉しむ人が増えてきたのだなぁ」というのが,“ムネオ・ハウス”を聴いたときの率直な感想だ。

ケツの穴の小さい商業ベースのレコード業界でメジャー・リリースされることはおそらくないだろうけど,アンダーグラウンドながら愉しめる音楽があってもいいのだ。こういう音楽の愉しみ方が個々人でできるようになったのは,インターネットの普及がひと役かっているのかもしれないなぁと考えつつ,他方で,常に聴衆の数歩先を歩いていたザッパが今なお存命で活動していたとしたら(昨年のテロの件もあるし)もっとスゴいことをやってくれたかもしれない,などと思いを馳せる今日このごろである。


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