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2002年 12月 15日

闇黒日記 平成14年12月15日 の文中に 「ウェブを読むとき片手で辞書を持っている人など、多分あまりいないでしょう」ただしこの一節の出自は 胡桃の中の航海日誌(2002-12-14)) という一節を見てふと「そうでもないのでは?」と考えた。

僕は文章を読む際にしばしば辞書を手に取るし,まして文章を書くとなるととても辞書なしで済ませることはできない。勢い,辞書の類は近くに置くということになるが,今ちょっと見てみただけでも――

  • 角川国語辞典 新版〔196版〕 (1978年・角川書店)
  • 角川最新漢和辞典 第二版 (1982年・角川書店)
  • 旺文社 古語辞典 新版 (1982年・旺文社)
  • 広辞苑 第三版 (1983年・岩波書店)
  • 中日常用漢字字典 (1985年・みずうみ書房)
  • 旺文社 英和中辞典 (1975年・旺文社)
  • ライトハウス和英辞典 (1984年・研究社)
  • 旺文社 シニア英英辞典〔新訂版〕 (1978年・旺文社)
  • 現代 スラング英和辞典 (1986年・秀文インターナショナル)
  • 小学館 独和大辞典 [コンパクト版] (1990年・小学館)
  • 新伊和辞典(増訂版) (1981年・白水社)
  • 新法律学辞典(第三版) (1989年・有斐閣)
  • 英米法辞典 (1991年・東大出版会)
  • 独和法律用語辞典 (1993年・成文堂)
  • 模範六法 平成14年版 (2001年・三省堂)
  • 岩波 判例基本六法 平成14(2002)年版 (2001年・岩波書店)
  • クラシック音楽作品名辞典 (1990年・三省堂)
  • 世界史小辞典〔第2版〕 (1985年・山川出版社)

――といったものが常に手の届く範囲にあり,もちろん必要とあらばこれらはウェブを閲覧する際にも使用する。

法学ことはじめ”でも書いているように,法律学の世界では読む者が各条文を知っていることを前提にして文章が書かれるから,条文の確認作業は必須である。そうした環境に慣らされたせいか,僕自身は文章の読み書きにあって辞書を手にすることを特に厭わしくは思わないのだが,やはり 「あまりいない」 タイプなのだろうか。自分の知らない表現に接し,それを理解して自分の身につけることは非常に楽しいと思うのだが。まさに,手元にある(上記のうちの一冊である)広辞苑(第三版)の帯に書かれた大岡信氏の推薦の言葉のとおり――

〔略〕……引く一瞬前まではアーアー,ダアダアの赤ん坊.引いた後では一挙に知識の確固たる最先端.一瞬にして遙かな道程を踏破する秘術が,机の上にいつも待機しているこの喜び.

……などと書きながら,学部生時代, 桃中軒雲右衛門事件 の判決文を読む際に国語辞典や漢和辞典と首っ引きしていた自分の姿を思い出していた。そのおかげで,「假令」とか「加之」といった表現も覚えられたし。

見たもの・聴いたもの

  • ヴェルディ: アイーダVerdi: Aïda 》 ― Pavarotti (tn), Chiara (sp), Dimitrova (ms), Burchuladze (bs), Nucci (br), Roni (bs), Gavazzi (tn), Renée (sp), Orchestra e Coro del Teatro alla Scala di Milano, Maazel CD: Polydor: London/POCL-9004~06)
  • Audio SpongeSketch Show CD: cutting edge/CTCR 14224)

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