2005年 5月 21日 (土)
著作権法学会 2005年度研究大会 に出席。学会の後一緒に出席していた学部時代の友人と夕食。それから 20:50 東京発の のぞみ 161号 で帰阪。ちょうど自宅に着くころに日付が変わっていた。
研究メモ
すでにお知らせしているように,去る 17日 に本サイトの 私家版裁判例集 に,資料として新たに裁判例を 1件追加したのだが,当該裁判例とそれに関連する拙稿について若干触れておこう。
追加した裁判例 東京高判平17・3・3,平成16年(ネ)第2067号 北川みゆき対談記事転載差止事件 控訴審 は,読んで字の如く,原審(第一審)である 東京地判平16・3・11,平成15年(ワ)第15526号 北川みゆき対談記事転載差止事件 での敗訴当事者である原告らの控訴を受けてなされた判断である。私は,今年 2月,上記第一審についての評論を脱稿し,これが書籍 “インターネット上の誹謗中傷と責任” に掲載された。その拙稿の内容を,以下に簡単に紹介する。
当該事件は,匿名電子掲示板 “2ちゃんねる” における書き込みによって自己の著作権が侵害されたとする原告ら(漫画家と出版社)が,当該電子掲示板の管理・運営者を被告として当該書き込みの送信可能化・自動公衆送信の差止めと損害賠償を請求した事案であり,東京地裁は原告らの請求をいずれも棄却した。判旨に曰く,「著作権法〔上の〕差止請求の相手方は,現に侵害行為を行う主体となっているか,あるいは侵害行為を主体として行うおそれのある者に限られると解するのが相当であ〔り,〕権利侵害を教唆,幇助し,あるいはその手段を提供する行為に対して,一般的に差止請求権を行使し得るものと解することは……できない」
と。
私はこの判決を受けて,類似する名誉毀損の事例と対比しつつ,最終的には上記判決を支持し,「情報流通による権利利益侵害に関しては,差止めという実効性ある救済手段それ自体は是とするも,これを加害者でない者(またはそう評価しえない者)にまで向けることは,自由な情報流通の萎縮を招きかねないという点からも,躊躇せざるを得ない。少なくとも著作権法制に関する限り,やはり『113条のみなし規定の改正を中心とする立法論に委ねるのが妥当』……かと思われる」
と締めくくった(詳細は 上記書籍 を参照されたい。)。
ところが,冒頭に掲げた控訴審判決は,上記第一審判決を変更し,控訴人(原告)らの差止めおよび損害賠償の請求を一部認容したのである(控訴審判決がなされたという事実は,上記書籍 にもとりあえず “補遺” として掲載した。)。第一審判決を支持した手前もあるが,私としてはこの控訴審判決には大いに異議があり,この点はまたいずれ然るべき機会を得て述べたいと考えている。
ここであえて断っておきたいのだが,私は2ちゃんねるに味方したのではない。ただ,電子掲示板管理者なりプロバイダなりに対して,広く一般的に著作権侵害についての責任を負わせることは,やはり筋が通らない,と言いたいのだ。確かに,現行(もっとも上記事件当時は未施行)のプロバイダ責任制限法とそれに基づく紛争処理によるのでは,権利保護の実効性を欠き,またはこれが低いと言わざるを得ないかもしれない。手続をしている間にも情報は広く伝播し,被害は拡大してしまうだろう。しかしそれはまた別異である。ADR(裁判外紛争解決手段)による迅速な処理等の制度を確立するなどしてそうした問題の解決に当たるべきだ。この点を措いていわばなし崩し的に責任主体を拡げてしまうことは,今目の前にある権利を保護するのには効果的かもしれぬが,長い目で見て問題がないかと憂慮するものである。
筋や理屈が通らないなどと関堂はアタマが堅いと思われる向きもあろう。しかし,企業や権利者(彼らはもともとその傾向にあったが)だけでなく裁判所までも,どうも前方(すなわち行く末)の視野が狭くなってしまっているのではなかろうか。最近特にそれを強く感じる。
見たもの・聴いたもの
- Original Compilation: Ligeti Compilation ― György Ligeti (Private CD-R)

