
昨日ゼミの学生との間でちょっと話題になったのが,iPod に傷防止のカバーをつけるべきか否かということ。そこで登場するのが,またもや スティーヴン・レヴィ(上浦倫人:訳) 『iPod は何を変えたのか?』(ソフトバンク・クリエイティブ,2007年)。確かそんなことに関する記述があったなと思いつつ探してみたら……その142頁に曰く,
スティーブ・ジョブズは、iPod の外見を損ねるものには、カバーであれ何であれ、非常に敏感に反応するのだ。私は彼とのインタビューを録音する際に、外付けマイクと iPod を持っていったことがある。「iSkin」という透明プラスチックのカバーをつけた iPod を鞄から取り出した途端、彼は私に名画「モナリザ」に牛の糞をなすりつけた犯罪者を見るような目を向けたものだ。もちろん私は、繊細な iPod に傷や汚れをつけたくないのだと言い訳したが、彼は聞き入れようとしなかった。「僕は、擦り傷のついたステンレスを美しいと思うけどね。僕たちだって似たようなもんだろう? 僕は来年には50歳だ。傷だらけの iPod と同じだよ」
美学というか,いくぶん宗教じみてさえいるようにも……これを読んで学生も多少考え込んだようだが。まあ私自身は,今使っているシリコン製のカバーを外すつもりはないけどな。……というか,私の持っている第一世代 iPod nano では,裏面のステンレスはともかく,表面の材質のほうが非常に傷つきやすいものだから。

ラグビーは今季最終戦。今回も残念ながら試合には敗れた(3点差で接戦ではあったのだけれど)。シーズンは終わったが,彼らの戦いはむしろこれからだ。
最近気になっている CM は,エステー の トイレの消臭力 Song for Toilet 篇。リンク先での紹介にある 「カントリーミュージシャンのスティーブ(⑤)は、熟した歌声を響かせ、ロックミュージシャンのロメオ(⑥)は、全身全霊でロック魂を……歌に込める」
という部分の画面構成が,いやが上にも “We are the World”(U.S.A. for Africa)でのスティーヴィー・ワンダーとブルース・スプリングスティーンの場面(写真)を思い起こさせる。きっとわかってやっているよな(笑)。
年末……ということは当然ながら年度末も近い。そろそろ試験問題とかを考えなくては。
英国の音楽ネット配信サービス会社などで構成するエンターテインメント小売協会(ERA)は著作権管理技術「DRM」の制限を付けない音楽配信を拡大するようレコード業界に申し入れた。互換性のない異なる方式のDRMが並立する状況は「ネット音楽配信の成長や消費者の利益を阻む」(キム・ベイリーERA会長)と主張する。
……ERAはDRMに精通しなければならない状況が「消費者にネットでの音楽購入をあきらめさせたり違法ダウンロードに走らせたりしている」と指摘。ほぼすべての携帯音楽プレーヤーで使え、通常はコピー防止機能が組み込まれていないファイル方式「MP3」を配信の統一標準として採用するよう提案した。
DRM の標準化がなされていないのは確かに問題だ。ましてわが国においては,ソニー系のアーティストの楽曲が iTS では配信されていない(別の配信業者による囲い込みがなされているため)という最低・最悪の状況にある。「『MP3』を……統一標準」
にというのは(音質もあまりよくないし)異論がないわけではないが,DRM フリーにするなり統一の DRM にすることには意義があろう。
個人的には,DRM フリーにしたからといって著作権侵害のファイルの流通が極端に増えるとは思えない。適正な価格で,入手と取り扱いが容易(すなわち,DRM フリーはその典型。)であれば,消費者はちゃんと合法なものを求めるだろう。逆に言うと,「著作権侵害への懸念が根強く……慎重な態度を示している」
(上記記事)レコード会社は,消費者をそれだけ信用していないし,ナメているというワケだ。
二週間ぶりの休み。病院に行って薬の処方でもしてもらおうかとも思っていたが,結局外出せずに終日自宅で。
寒くなり,朝起きて出かけるのがますます辛くなってきた。今朝もギリギリで電車に乗ったりして。
そういえば去る 4日はザッパ忌だったのを忘れていた。で,今日はザッパを多めに聴く。
作曲家シュトックハウゼンが亡くなった。合掌。
夜,ラグビー部の納会がある。卒業・修了する者には感謝と労いを,在学生にはエールを。
総務省の有識者研究会は通信や放送を規制する九つの法律を一本化し、2010年に「情報通信法」(仮称)の制定を求める最終報告をとりまとめた。インターネットの急速な普及や技術革新などに対応、放送・通信の垣根を越えた事業展開や包括的な利用者保護を促す狙い。ブログやホームページなども有害な情報は規制の網にかける。……報告書は電気通信事業法や放送法といった縦割り規制を取り払い、相互参入できるようにすべきと指摘。テレビ番組や情報の「コンテンツ」、課金システムなどの「プラットフォーム」、通信網などの「伝送インフラ」など階層に分けた規制への転換を求めた。
コンテンツは視聴者数や有料・無料の区別、アクセスの簡単さなどで、「特別メディア」「一般メディア」「オープンメディアコンテンツ」に三分類。地上波テレビは規制の厳しい特別メディア、CS放送は一般メディアとなる見通し。ホームページやブログはオープンメディアコンテンツに分類。「違法な情報」や「有害な情報」を言論・表現活動について留意しながら規制する方法を検討する。
ネット・ユーザの中にはこの動きを受けて,すわ表現の自由に対する規整だ,と慌てたりいきり立つ向きもあるかもしれない。しかし今やネットを介して提供される情報は,その発信者の想像よりも遙かに大きな影響を与えていることをむしろ知るべし。そうした自覚があればこそ,堂々と表現行為をなせる。この点は,ネットのみならず 「特別メディア」 にあっても同様,すなわち,自己の責任を認識できない者こそ空虚に表現の自由を振りかざすのではなかろうか。
岐阜も大阪も今日は寒かった。特に夜大阪に戻って,雨は上がっていたが,むしろそのせいか殊更寒さを感じた。
減感作療法 46回目。前回の結果 を受けて,アレルゲンの量を若干減らして皮内に注射。やはり腫れは小さかった。
携帯電話から有害サイトを閲覧できないようにする「フィルタリングサービス」。携帯電話・PHS各社が未成年者は原則加入とする方針を決めたことで携帯コンテンツ業界が大慌てだ。十代に人気の携帯サイト「モバゲータウン」を運営するディー・エヌ・エー(DeNA)は現行基準では制限対象となるため、株価が11日に急落。業界団体は独自に「線引き」する基準作りに乗り出す方針を打ち出した。
そもそもの問題はここだ。
〔携帯電話等各社が未成年者についてフィルタリングサービスを原則加入(実質的強制)としたのは,〕増田寛也総務相が10日に携帯各社のトップを呼び、フィルタリングサービスの普及促進を要請〔したことに端を発し,これを受けて,従来は〕「表現の自由」の観点からコンテンツの中身に口を挟むことに慎重だった〔携帯電話等各社が〕重い腰を上げた格好だ。
私は,一昨日述べたように メディアの責任を声高に主張する一方で,しかし不合理な表現規制には断固として抗う。
「臭いモノにフタ」 という考え方で情報を遮断することは,情報の価値を判断する受け手の力を弱めるだけの効果しかない。むしろ(とりわけ未成年者については)リテラシーを養うことこそが,将来の社会を担わせるべき人材をつくり出すことになろう。要するにフィルターで覆うという手抜きをする社会は,歳をとっただけの子供を増やすばかりで,社会自体の成長も止めてしまう,ということだ。
行政の長たる総務大臣が愚かなら,そこから許認可を受けて事業を行わざるを得ないがゆえに尻尾を振って従う企業も愚かだ。「いやそうではなく,自らの判断でフィルタリングを是とした」 とこれらの企業が言うのであれば,なおさら愚かな話だ。
夕方に会議があり,その後呑んで帰る。
こういう寒い時期になると困るのが電車の中。私には暑すぎる。特に大阪は強くそれを感じるのだが……。他の乗客はみなコートを着つつ涼しげな顔をしているが,暖房が効きすぎではなかろうか? ……私だけ?
「目下検討中」
としたまま一年が経過してしまった Nintendo DS Lite の 無線暗号問題。結局,研究室でやはり下位互換のために用いていた私物のルータを自宅に持ち帰って設置することで対応した。研究室には別途研究費によって下位互換のためのルータを設置することに。これで目出度く,自宅からでも Wi-Fi 通信ができるようになった。
久しぶりに自宅から梅田まで歩いたが,思ったより時間がかかった……ということはすなわち,歩くペースが遅くなっていることを意味する。あまりのんびり歩いたのでは身体を絞るのに無用だ。以前の勘を取り戻して,もっとガシガシ歩かないと。

昨日梅田で買ったのが,オーヴン・トースター。従来使っていたのが最近不調だったのだ。もともとお下がりだったしどうせなら買い替えようということで,東芝の HTR-H6 を選んだ。細かい温度設定が可能な点と,トーストが一度に 4枚焼けるのが特徴らしい。デザインもいい。
年末というのもあるし,来年度の準備というのもあるし……いろいろ。
溜まっているビデオを見ながら,溜まっている仕事をこなす。

各所で話題になっていた “むげんプチプチ” がちょいと気になって量販店等で探してみたが欠品……。そうなるとかえって欲しくなるのは人情というもの(?)。どうにかして入手できないかと思っていたら,あっさりと Amazon で むげんプチプチ(黒) が買えた(写真)。使ってみた感じは……う~む,普通。期待していたよりは驚かなかった。
また一月ぶりの “どうぶつの森” ネタ。Nintendo DS Lite の Wi-Fi 通信が自宅でできるようになって,誰か遠方から遊びに来てもらったことはまだないが,何度か関所を開けておいたら “あやしいネコ” が来るようになった。メイン・キャラではすでに数日前に来ていたが,今回サブ・キャラでも来たので,写真のような顔にしてやった。
本務校は年内最後の授業。加えて試験対策講座の授業を一つ。雨で寒い一日だった。
さらにその後 の Ad [es] の Today。結局 W+Info は使うのをやめた。ニュースの重複が多すぎて,使い物にならないからだ。これなら Opera で Google News を見たほうがまだマシというもの。また,Skype は削除こそしないものの Today からは除き,その代わり dySchedule と dyToDo を入れて PIM 機能を強化した。
年の瀬も大詰めで忙しい。写真は,近所のケーキ屋で売っていた小さなクリスマス・ケーキ。
また “どうぶつの森” ネタ。昨日やっとラコスケにホタテを渡して,きんのオノをもらうことができた。Wi-Fi 通信を盛んにするようになって,あやしいネコもしばしば来るようになったし,ニンテンドーさんからの手紙&プレゼントももらえるように。
年内の学校関係の仕事はとりあえず全部終わった(もちろん年越しで継続する案件もあるけど)。あとは年末まで,原稿書きとか,普段は授業準備等に追われてできないようなまとまった仕事をしたいな。
久々にだらしなく過ごす。本を読んだり,ゲームをしたり,惰眠を貪ってみたり。
「学ばない子ども」や「働かない若者」が増えたのは、昔と違い、子どもが小さいときから「消費者」意識を身につけだしたからだ、と〔内田樹『下流志向』(講談社)は〕いう。……幼児期から小遣いやお年玉のような形で、潤沢な現金を手にするようになった今の子どもたち。当然、そのお金と交換に、その価格に見合う物を瞬時に手にすることを当然と思い、その快感を十分に知る。……そんな「消費者」として幼児から育った子どもにとって、いつ、何の役に立つかわからないような授業や科目と、自分の貴重な時間を、「等価」で交換することは、「消費者」として耐えられない。
編集委員・四ノ原恒憲の署名があるコラムから。いわば孫引きだが……。
なるほど。私はかねてより,「勉強は役に『立つ・立たない』ではなく,『立てられる・立てられない』だ。要するに学んだことが有用たりえるか否かは学ぶ君らにかかっている。」と学生諸君に説示しているのだが,上記の価値観においては私の言うことも虚しいのかもしれない。「先生はオレたちの払ったカネで給料もらっているではないか」などとホザく学生や親も,上記のような等価交換でしかものを考えられないのだろう。
そうした輩が跋扈し,彼らに授業評価というアンケートの回答をさせて,そのフィードバックもろくにせず,評価を実施したという事実のみをもって世間体が保てると考え,迎合する学校……。お目出度くも,情けない世の中だ。
すわ、サイバーテロか――。インターネットの検索サイト「グーグル」で「厚生労働省」と検索すると検索結果の最上位に海外の別サイトのアドレスが表示される“偽サイト”騒動が持ち上がった。表示順位を決めるグーグルの仕組みに起因した現象で、犯罪との関係は薄いとの見方が多い。この一件が浮き彫りにしたのは民間企業に比べて遅れている霞が関の検索サイト対策の必要性だ。
小川義也の署名がある記事。途中のくだりでは,グーグル日本法人の広報による説明(または釈明)も掲げられているが,執筆者は 「グーグルに非があるとも言い切れない」
として以下のように続ける。すなわち,「民間では検索サイトで消費者が企業名を検索した場合、上位に必ず正規のホームページのアドレスが表示されるようにする『SEO(検索エンジン最適化)』は常識。ところが厚労省を含む中央省庁のホームページでSEOを実施しているところはほとんどない」
と。
私がかつて指摘した,地デジ推進コマーシャル の問題とも関連する(もっとも「地デジ」のほうは SEO の点においては当初よりマシになっているようである。ただし,検索を促す画面で覚えづらい言葉を示している点は変わらない。)。自分たち(役所)が特別で,他と区別するのは検索サービスの側がやって当然とでも思っているのだろうか。
私が担当授業の 「コンテンツ知的財産論」 でも説明しているとおり,文字情報と音声情報,出所による情報の軽重といったように,アナログであれば人間の五感で区別されるべきものも,デジタルにあっては区別されない。デジタルにおける情報の流通は,いわばことごとく等価平等なのだ。情報を発しているのが官公庁なのか,民間企業なのか,はた詐欺師なのかで区別しないのがデジタルの世界なのだ。情報発信者として自分たちをいまだに 「特別」 と認識していることは,この感覚が欠如しているか,またはずれていることを意味する。
しかしこのことは,私たち学問に携わる者にも言えることだ。デジタル情報が流通する今では,市井の人々も学術的情報を発信することができる。今やその中で自分たちを 「特別」 だと思っていてはいけないのだろう。だからこそ,自分の発信する情報に責任を持つという姿勢 が,よりいっそう重要なのだと思う。
ちょいと用事があって梅田のヨドバシカメラに行ってみたら,午前中のせいもあってか,はたクリスマス商戦が一息ついたためか,すいていた。その代わりというべきか,大阪駅はこれから帰省や余暇に向かうのであろう人々で混雑していた。いよいよ年の瀬か……。
「公共ドメインに流出している」(8頁)などの少々こなれない訳も気にはなるけれど。
今朝の大阪の寒かったこと。おまけに風も強い。晴天なのが幸いだが,ほかでは雪や風の影響で交通に支障があるようだし。