
いい天気だ。こんな日の午後は授業などしたくない……などと書くと,最近は真に受けて怒りだす学生が多くて困る(実際,今日の午後の授業がどうだったか,かなりガツガツ気合い入れてやっていたのは出席した者ならわかっているだろう。)。ここ数年とりわけ実感しているのが,「授業を受けること=勉強すること」 と勘違いしている学生が増えたということ。所詮勉強は自分でしなければならないもの,まして大学のような高等教育で取り扱う内容は,結局,社会人になるなどして学生を終えた後も自分で勉強して磨かなければならないことだ。学校での授業は,いわばそのきっかけ作りに過ぎないのに。
しかし最近は,「授業に出席して,ノートを取り,話を聞く」 ことが勉強だという,甚だしい勘違いをしている輩がとにかく多い。ゆえに先生の話がわからないとか面白くないとかでブーブー文句を言ったりする。私は確かに,授業にはエンタテインメント性は必要だと思っているが,決して授業がエンタテインメントだとは思っていない。よく考えてみよ,丁寧に板書をし,説明をしてくれる先生が,必ずや諸君をして勉強せしめてくれるのか? 板書を写し,話を聞いただけで勉強したような気になって(実際は勉強していない)いないか?(念のため私の授業を知らない者のために付言しておくと,私は板書も説明もよくするし,わかりやすいほうだと自負している。)
先生が板書してくれない?話がつまらない?――いいじゃないか,そんな授業出なければ自由な時間が増える。そのぶん自分で本を読むなどして勉強すればいい。「授業料払っているのに」 だって? 教育ってのは等価交換で得られる “サービス” ではない。ファミレスで運ばれてきて腹を満たしてくれる料理と,授業とは違うのだよ。もしかして,授業のうまくない(とされる)先生は,諸君が自ら勉強するきっかけのためにワザとそうしているのかもしれんぞ――だとしたらすごい教育効果だ。
もっと勉強せよ。そして,勉強は教室だけでするものではない。また授業科目だけが勉強でもない。その意味がわからんヤツは大学生失格だ!