基本データ
- アーティスト:
- Frank Zappa
- タイトル:
- Zappa ’88 : The Last U.S. Show
- レーベル:
- Zappa Records / UMe
- リリース年:
- 2021年6月18日
レビュー
- 音質 ★★★★★★★☆☆☆ (7)
- 曲目 ★★★★★★★★★☆ (9)
- 演奏 ★★★★★★★★★☆ (9)
- 雰囲気 ★★★★★★★★☆☆ (8)
本作は、米国のロック・アーティストである Frank Zappa(フランク・ザパ=日本では一般的にザッパと表記される : 1940年12月21日~1993年12月4日)の公式リリース・アルバムで、2021年6月18日に発売された(日本国内盤はなし。関堂は Amazon.co.jp 経由で7月1日に入手)。
Zappa は、その活動の初期から積極的に行っていたライヴでの演奏をほとんど漏れなく録音(ライヴ録音)し、そうしたライヴ音源をそのまま、または編集・加工(オーバーダブ)して作品(アルバム)として仕上げる手法を採ることから、作品数が非常に多いことで知られている。実際、1970年代から80年代前半にかけての全盛期には、毎年のように複数のアルバム作品(しかも LP 2枚組や3枚組を含む)をリリースしていた。かつその音楽性も、リズム&ブルーズ(R&B)をルーツとしながらもロックの枠に囚われず、現代音楽の要素も取り入れるなど多様で、そのため、作品によって雰囲気が大きく異なることも少なくない。
また上記のようなライヴおよびレコーディング活動の経緯から、当人はすでに亡くなってはいるものの、生前録音された音源はいまだ膨大な量が残っており、その死後も遺族・関係者によって毎年数作ずつ新作がリリースされ続けている。こうした今なお増え続ける作品群の整理をも目的として、公式のディスコグラフィー が公表され、それぞれのアルバム作品には「公式リリース番号(official release number)」が割り当てられているところ、これによると本作は「119」番目の作品であり、タイトルでもわかるとおり、1988年のツアーのうち、3月25日ニューヨーク州ユニオンデールの屋内競技場ナッソー・コロシアム(Nassau Coliseum)で行われた米国内での最終公演をほぼノーカットで納めたもの(2曲のみ別日程・別会場のテイクが納められているが)で、CD 2枚組、合計2時間半に及ぶ作品である。
Zappa の1988年のツアーは、それまで彼が行ってきた数多くのツアーの中でもいくつかの点でとりわけ特徴的である。まず久しぶりのコンサート・ツアーであることが挙げられよう。彼は、1984年まで毎年米国国内を中心にコンサート・ツアーを行っていた(特に10月末のハロウィーン・コンサートは例年恒例となっていた)が、それ以降はいったんライヴ・コンサート活動から引退していたのである(ちなみに1984年は、Zappa がその率いるグループ The Mothers Of Invention を正式に結成してから20周年であった)。一度は引退した彼を再びステージへと復帰させた大きな動機となったのは、米国の大統領選挙であった。当時は共和党政権で、Ronald Reagan(レーガン)から George Herbert Walker Bush(ブッシュ父)へと政権が引き継がれようとしているところである。もともと Zappa は、共和党の支持母体でもあるキリスト教右派(キリスト教原理主義者)を厳しく批判していたところ、自身が民主党から大統領候補となることさえも考えたが、諸般の事情でそれが叶わなかったことから選挙活動の代わりに大規模なコンサート・ツアーを企画したとされている。そしてそのツアーの米国内でのコンサートの各会場では、大統領選挙の投票に必要な選挙人登録を実施するというキャンペーンに打って出た。今でこそ、若者の投票を促すべくポピュラー音楽のアーティストのコンサート会場で選挙人登録を受け付けることは珍しくないが、この当時は稀有なことで、いわば嚆矢であった。
次にバンド編成にも大きな特徴がある。Zappa は、前述のとおりバンド The Mothers Of Invention を率いて1965年にデビューして以来、The Mothers 名義そしてソロ名義を通じ、多様なタイプのバンド(時にはビッグバンドやオーケストラを率いることもあった)をその時々で組んできた。それらのバンドで登用されたミュージシャンの中には、後にジャズ、ファンクのキーボード奏者として名を馳せた George Duke(ジョージ・デューク=故人)や、ハードロック界でもテクニカルな演奏を存分に聴かせたギター奏者 Steve Vai(スティーヴ・ヴァイ)、要塞のようなドラム・セットで知られるドラムス奏者 Terry Bozzio(テリー・ボズィオ)など、蒼々たる顔ぶれが揃っている。Zappa のバンドには、ほとんどの場合、マリンバ等を担当する打楽器奏者が含まれるが、今回もこれを Ed Mann(エド・マン)が担当している。加えて、トランペット(フリューゲルホーン持ち替え)、トロンボーン、アルト・サックス(バリトン持ち替え)、テナー・サックスおよびバリトン・サックス(バスおよびコントラバス・クラリネット持ち替え)からなる本格的なホーン・セクションも組まれた。複数の管楽器がメンバーに含まれるのは1976年の年末公演以来で、これにより他のツアー・バンド(特に1984年のバンドは打楽器奏者をも含まない極めてシンプルな編成であった)と比較してよりいっそう充実したアンサンブルを聴かせてくれる。
そして、この88年のツアーは、Zappa にとって生前最後のツアーとなったという点でも、非常に意義深い。彼はその後1990年にかなり進行した前立腺癌であると診断され、ほどなく1993年に亡くなったゆえ、何度か他人の公演のステージに姿を見せた機会(最も印象的だったのは、ドイツの現代音楽演奏集団アンサンブル・モデルンがザッパの楽曲を演奏・録音した際に、一部の楽曲で指揮者として登場した最晩年の様子であった)を除いては、もはやライヴ・コンサートを行うことがなかったのである。こうした理由から、関堂は Zappa の1988年ツアーの演奏とそれを納めた音源を、とりわけ好んで聴いていた。
この1988年ツアーの音源は、Zappa の生前も含めてこれまで多くのアルバム作品にも含まれている。中でも、“Broadway the Hard Way”(1988年)、“The Best Band You Never Heard In Your Life” および “Make a Jazz Noise Here”(ともに1991年)は、いずれも作品全編が1988年ツアーの音源で構成されている(本作に含まれる楽曲の中にもこれらの作品と一部重複するものがあるが、どれもテイクやアレンジが異なる)。それらの各作品を差し措いて本作をまず紹介するのは、本作が1回のコンサートをほぼまるごと収録して再現しているからにほかならない。CD1 の第1トラックは、バンドによる長いイントロを背景に、選挙人登録キャンペーンを行うことについてのニューヨーク州知事からの謝辞の代読が納められていたり、同じく第12トラックから第13トラックでは、休憩時間に際して選挙人登録を促す様子が流れたりして、その時の情景を窺い知ることができる。また先述したような彼の音楽の多様性は本作だけでも十分に表れており、特に他者の楽曲を演奏する、いわゆるカバー楽曲が多岐に渡っている点も白眉であろう。すなわち、近代クラシックの楽曲では、Igor Stravinsy の “兵士の物語(L’Histoire du Soldat)” から “Marche Royale”、Bartók Béla の “ピアノ協奏曲第3番(Piano Concerto № 3)” の冒頭および Maurice Ravel の “ボレロ(Boléro)” が、またポピュラー音楽では、The Beatles の複数の楽曲(“I Am the Walrus” ならびに “Norwegian Wood”、“Lucy In the Sky” および “Strawberry Fields Forever” のメドレーで、米国のテレビ伝道師 Jimmy Swaggart を揶揄した内容の歌詞に変更したもの)、Led Zeppelin の “Stairway To Heaven” および The Allman Brothers Band の “Whipping Post” といった作品が演奏されており、本当の意味で聴く者を飽きさせない。
演奏は、そもそも Zappa による難関オーディションを経てきた腕利きばかりなのでレベルが高いことは言うまでもない。とりわけ、この日ちょうど誕生日であった Chad Wackerman(チャド・ワッカーマン)のドラムスのキレが抜群だ。
音質は、80年代後半のロック・コンサートの収録としては平均点以上で、いたずらに音圧を上げることなくダイナミック・レンジもそれなりに確保されている。ただ、ホーン・セクションの各楽器の音にはもう少しリアリティがほしかったところだ(ややペラペラした薄い感じがある)。
ライナー・ノーツにもあるように、この1988年ツアーの音源のほとんどは、デジタル録音機 Sony 3324 DASH PCM を2台使って 24×2=48トラックのマルチ・チャンネルで録音されているらしい。ただこの機材のスペックから判ずるに符号化にあっては 48kHz/16bit を超えることはできず、高レベルのハイレゾ音源は望むべくもないことがやや残念だ。
Zappa が鬼籍に入ってすでに30年になろうとしている2022年現在、彼の腕から新たな楽曲が生み出されることはもはやあり得ないが、遺された録音がいまもこのように新たに提供されることは素直に喜びたい。しかしそれと同時に、この先まだどれほどの音源が遺されているのかと想像すればするほど空恐ろしい気持ちにもなるのであった。