George Benson “Weekend In London”

投稿者: | 2022-08-26

基本データ

アーティスト:
George Benson
タイトル:
Weekend In London
レーベル:
Provogue
リリース年:
2020年11月13日

レビュー

  • 音質  ★★★★★★★★★☆ (9)
  • 曲目  ★★★★★★★★☆☆ (8)
  • 演奏  ★★★★★★★★★☆ (9)
  • 雰囲気 ★★★★★★★★★★ (10)

ソウル・ジャズのギタリストして、またラヴ・バラードでは甘い歌声を聴かせるブラック・コンテンポラリーのヴォーカリストして、どちらにも名を馳せる George Benson(ジョージ・ベンスン)が、2019年に英国ロンドンの名門 Ronnie Scott’s Jazz Club で行われた公演を録音し、翌年リリースしたライヴ盤である。

ベテランの名演とは、まさに本作のような演奏を言うのだろう。Benson 自身はもちろん、他のミュージシャンも一様にリラックスしているのが音からもよくわかる。それでいてテクニックは確かなのだから、さすがだ。特に Donny Hathaway(ダニー・ハサウェイ)の名曲 “The Ghetto” のカヴァーは、本家のような(12分にも及ぶ)熱量溢れる演奏とはまた異なり、落ち着いた雰囲気ながら聴く者をグイグイと乗せてくるグルーヴがたまらない。

曲目は、上記の “The Ghetto”(Benson はスタジオ盤でもカヴァーしている)を含め Benson のベスト・トラックともいうべき粒揃いの楽曲ばかりだが、彼の長くかつ充実したキャリアからすれば、もっと収録曲があってもいいように思われる。収録時間も全体で1時間15分足らずと、ライヴ盤としてはやや短めだ。そうなると、本作には果たして当日演奏された楽曲のすべてが収められているのか、という疑問が浮かぶ。この点について、さまざまなアーティストのさまざまな公演におけるセットリストを記録した情報共有型ウェブサイト setlist.fm で調べてみると、本作の公演は残念ながら掲載されていないようだが、同時期以降の Benson の公演がいずれも合計1時間30分に満たない程度であることから判ずるに、本作には公演での全楽曲が収められているのだろうと思われる。

さて本作の音質だが、これは素晴らしい。周波数スペクトラムの画像でもわかるように、最低域にピークがあって、最高域までほばまんべんなく音が記録されている。またバランスも非常によい。ダイナミック・レンジもポピュラー音楽としてはそれなりに確保されている。

“Give Me the Night” の WaveSpectra

さらに、観客の雰囲気も十分に捉えられている。本作の公演が行われた Ronnie Scott’s Jazz Club は250人程度収容のクラブだそうだが、その「近い」観客の様子も見えるような録音だ。オーディオ・リファレンスにもよい音源だろう。

Covid-19 が世界的に蔓延する前の、そう大きくない粋なライヴ・ハウスにて、とてもよい雰囲気の中で行われた、熟練による名曲群の名演奏を、最高の音質で収めた名盤。そんな謳い文句でも霞みそうな名「ライヴ盤」が本作だ。

Frank Zappa “Halloween 77”

投稿者: | 2022-08-21

基本データ

アーティスト:
Frank Zappa
タイトル:
Halloween 77
レーベル:
Zappa Records / UMe
リリース年:
2017年10月20日

レビュー

  • 音質  ★★★★★★★★☆☆ (8)
  • 曲目  ★★★★★★★★☆☆ (8)
  • 演奏  ★★★★★★★★★☆ (9)
  • 雰囲気 ★★★★★★★★☆☆ (8)

Frank Zappa が1970年代半ばから1980年代前半にかけて、その時々のバンドを率いてほぼ毎年のように行っていたハロウィーン・コンサートのうち、“Halloween 77” の題名が示すとおり、①1977年10月28日第1公演、②同日第2公演、③10月29日第1公演、④同日第2公演、⑤10月30日公演および⑥10月31日(ハロウィーン当日)公演を収めた作品である。本作には頒布形式が2種類あり、一つは上記⑤および⑥のハイライトで構成された CD 3枚組(公式リリース番号は110K)だが、もう一つは ハロウィーン用仮装道具が入ったボックス・セット(公式リリース番号110)で、同梱された USB メモリーに上記①~⑥全公演の全楽曲が 44.1kHz/24bit の WAV データで収録されている(後者は限定生産ゆえ現在では中古でないと入手困難)。

六つの公演の各セットリストは、のちにアルバム “Sheik Yerbouti” に収録される楽曲を中心におおむね共通しているが、例えば10月30日公演では “Dancing Fool” の世界初演(World Premiere)や “Jewish Princess” の試作版(Proto Type)が含まれていたりするし、31日のハロウィーン当日は観客も一段と盛り上がっていて、飛び入り参加などもある。こうした点から、似たような選曲でも細かい演奏やノリの違いを感じとれるところは面白く、さすが Zappa だ。

この頃のバンド のことを、それを率いる Zappa はしばしば “rockin’ teen-age combo” と称して紹介している。実際にメンバーがみな10代ということではないのだが、他のどの時代のバンドよりもロック色が強く、確かに若々しい感じがする。これについては、とりわけドラムスとヴォーカルを担当する Terry Bozzio(テリー・ボズィオ)の寄与するところが大きく、ツイン・バスドラムを活かした彼のスピード感溢れるフィルインとパワフルなビートは、ロックのドラム・プレイとしても一流だ。その一方で、Bozzio はもちろん他のメンバーも Zappa の超技巧的難曲を再現するのに十分な力量を備えている。このことは各公演での “The Black Page #2” あたりを聴くとよくわかるだろう。

音質は、ロック音楽としては一般的な音作りだが、リマスターされているのか、過去に同じ音源を素材として制作された “Baby Snakes”(1983年)よりもしっかりと重厚感を増しつつクリアネスも上がっているようだ(ダイナミック・レンジも平均で9を得ている)。

“Wild Love (Oct. 31 1977)” の WaveSpectra

本作は、「Zappa は難解でノレない」というロック好きの人には是非一聴してほしい(それでも一般的なロックとはそれなりに異なるのだが)。さすがに6公演全部となるとマニアックになるが、ハイライトの CD 3枚組でも魅力は十分に伝わるはずだ(なお、サブスクリプションでの配信は、本作は残念ながらなさそうである)。

Yellow Magic Orchestra “Public Pressure”

投稿者: | 2022-08-20

基本データ

アーティスト:
Yellow Magic Orchestra
タイトル:
Public Pressure
レーベル:
Sony Music Direct
リリース年:
1980年2月21日(オリジナル)

レビュー

  • 音質  ★★★★★★★★☆☆ (8)
  • 曲目  ★★★★★★☆☆☆☆ (6)
  • 演奏  ★★★★★★★☆☆☆ (7)
  • 雰囲気 ★★★★★★☆☆☆☆ (6)

日本におけるテクノ・ミュージックの祖ともいうべき Yellow Magic Orchestra(イエロー・マジック・オーケストラ: YMO)の通算3作目にして初のライヴ盤。関堂は中学生になったばかりの1981年頃から YMO に夢中になった。それまでも歌謡曲のシングル盤(EP)を自分で買ったことはあったが、本格的に音楽にのめり込んでアルバム(LP)を集めるようになったのはやはり YMO からで、ゆえに本作は関堂が買った初めての「ライヴ盤」ということになる。

YMO は1978年に日本で活動を開始し、その翌年1979年にはアメリカでもデビューを果たす。それを受けて欧米ツアーを敢行、その中の複数の公演の抜粋を収めたのが本作だ。しかし「ライヴ盤」とはいっても LP 1枚こっきりで収録曲は実質8曲、合計45分にも満たず、「コンサートを再現する」にはほど遠い。とはいうものの、本作には十分に意義がある。まず、当時の日本の音楽界では欧米市場に打って出る存在などほとんど皆無だったところ、まして「テクノ」という新しい分野での「日本発」というアピールに対して、欧米の聴衆がどんな反応を示したのかがよくわかる。また当時は、普通の電気(エレクトリック)楽器を用いるコンサートでさえそれなりに大変だったのに、いまとは比べものにならないぐらい性能も低く巨大なコンピューターやシンセサイザーを大々的に使った楽曲の、しかも「ライヴ・ヴァージョン」を供することがどれほど困難であったか……本作からそれが偲ばれようというものだ。そういった意味で、本作の選曲(収録曲数をも含めて)には少々不満があるが、多少割り増しして捉えたい(なお本作収録のコンサートは、後述するギターの音も含めて後にほぼ完全な形で “Faker Holic” と題されてアルバム化されている)。

本作における演奏では、当時からよく知られた重大な問題点がある。この欧米ツアーでは、YMO の正式メンバー3人(細野晴臣、坂本龍一および高橋幸宏)のほかにサポート・メンバーとして矢野顕子(keyboard, vocal)、渡辺香津美(guitar)および松武秀樹(manipulator)が帯同し、本作でも演奏していたのだが、渡辺のギターについては彼の所属レコード会社との契約の関係で収録することができず、特にギター・ソロ部分については後から坂本が別途シンセサイザーでソロを弾いてそれを収めたのだった。渡辺のギターが聴けないことに加えて別途オーバーダビングがなされているという点から、演奏・雰囲気でいささか寂しさを思える。

また、YMO のコンサートでは、各演奏者はそれぞれコンピューターの自動演奏との正確な同期を図るため、外部の音を遮断してヘッドフォンを装着していた。いまでこそさりげなく耳穴を塞ぐインイヤー・モニターが当たり前のように使われているが、当時は耳全体を覆う必要があり、その姿で演奏するのはある意味彼らならではの様子だった。それゆえ彼らは基本的に、観客の反応を聴覚で捉えることができず、勢いポピュラー音楽にありがちな観客とのやりとりは困難になる。そのためもあって、彼らの公演は曲目やメンバーの紹介もせず、淡々と進行するのが一般的であった(テクノ音楽では Kraftwerk もやはり同様に淡々としたステージ進行をしており、熱いロックなどと違ってクールな音楽ジャンルゆえ、というのもあるかもしれない)。いずれにせよ、本作においてはライブの高揚感というのはあまり感じられないものになっている。

本作の音質についても触れておこう。下の画像の周波数スペクトラムは、2019年に Bob Ludwig(ボブ・ラドウィグ)がリマスタリングを施したハイレゾ・データ(96kHz/24bit)による。かつて中学生の時に聴いた際にも(華やかな音を前面に出した他のポップスなどと比べて)なんとなく暗い音作りだなと思ったものだが、確かに90Hzから10kHzにかけてはピークとディップが細かく入り交じっているものの、10kHzを超えたあたりからはなだらかなカーブを描いていてあまり動きがない。その一方で、20kHz超でも後から取ってつけたような人為的な波形になっておらず、このハイレゾ・データが本当にアナログ・マスターから作られたのであろうことを推察させる。ダイナミック・レンジもアルバム全体で7と、最近のポピュラー音楽の音源としては平均的で音圧もまあまあだ。

“Tong Poo” の帯域データ(WaveSpectra)

本作は、上記のようにさまざまな困難や制約の下で制作され、提供されたライヴ盤であったことがおわかりだろう。しかしだからこそ挑戦的で、いまなお「テクノ・ミュージックにおける最初期のライヴ・アルバムの一つ」としての意義・重要性を保ち続けているとも言えるのではなかろうか。

Frank Zappa “Zappa ’88 : The Last U.S. Show”

投稿者: | 2022-08-18

基本データ

アーティスト:
Frank Zappa
タイトル:
Zappa ’88 : The Last U.S. Show
レーベル:
Zappa Records / UMe
リリース年:
2021年6月18日

レビュー

  • 音質  ★★★★★★★☆☆☆ (7)
  • 曲目  ★★★★★★★★★☆ (9)
  • 演奏  ★★★★★★★★★☆ (9)
  • 雰囲気 ★★★★★★★★☆☆ (8)

本作は、米国のロック・アーティストである Frank Zappa(フランク・ザパ=日本では一般的にザッパと表記される : 1940年12月21日~1993年12月4日)の公式リリース・アルバムで、2021年6月18日に発売された(日本国内盤はなし。関堂は Amazon.co.jp 経由で7月1日に入手)。

Zappa は、その活動の初期から積極的に行っていたライヴでの演奏をほとんど漏れなく録音(ライヴ録音)し、そうしたライヴ音源をそのまま、または編集・加工(オーバーダブ)して作品(アルバム)として仕上げる手法を採ることから、作品数が非常に多いことで知られている。実際、1970年代から80年代前半にかけての全盛期には、毎年のように複数のアルバム作品(しかも LP 2枚組や3枚組を含む)をリリースしていた。かつその音楽性も、リズム&ブルーズ(R&B)をルーツとしながらもロックの枠に囚われず、現代音楽の要素も取り入れるなど多様で、そのため、作品によって雰囲気が大きく異なることも少なくない。

また上記のようなライヴおよびレコーディング活動の経緯から、当人はすでに亡くなってはいるものの、生前録音された音源はいまだ膨大な量が残っており、その死後も遺族・関係者によって毎年数作ずつ新作がリリースされ続けている。こうした今なお増え続ける作品群の整理をも目的として、公式のディスコグラフィー が公表され、それぞれのアルバム作品には「公式リリース番号(official release number)」が割り当てられているところ、これによると本作は「119」番目の作品であり、タイトルでもわかるとおり、1988年のツアーのうち、3月25日ニューヨーク州ユニオンデールの屋内競技場ナッソー・コロシアム(Nassau Coliseum)で行われた米国内での最終公演をほぼノーカットで納めたもの(2曲のみ別日程・別会場のテイクが納められているが)で、CD 2枚組、合計2時間半に及ぶ作品である。

Zappa の1988年のツアーは、それまで彼が行ってきた数多くのツアーの中でもいくつかの点でとりわけ特徴的である。まず久しぶりのコンサート・ツアーであることが挙げられよう。彼は、1984年まで毎年米国国内を中心にコンサート・ツアーを行っていた(特に10月末のハロウィーン・コンサートは例年恒例となっていた)が、それ以降はいったんライヴ・コンサート活動から引退していたのである(ちなみに1984年は、Zappa がその率いるグループ The Mothers Of Invention を正式に結成してから20周年であった)。一度は引退した彼を再びステージへと復帰させた大きな動機となったのは、米国の大統領選挙であった。当時は共和党政権で、Ronald Reagan(レーガン)から George Herbert Walker Bush(ブッシュ父)へと政権が引き継がれようとしているところである。もともと Zappa は、共和党の支持母体でもあるキリスト教右派(キリスト教原理主義者)を厳しく批判していたところ、自身が民主党から大統領候補となることさえも考えたが、諸般の事情でそれが叶わなかったことから選挙活動の代わりに大規模なコンサート・ツアーを企画したとされている。そしてそのツアーの米国内でのコンサートの各会場では、大統領選挙の投票に必要な選挙人登録を実施するというキャンペーンに打って出た。今でこそ、若者の投票を促すべくポピュラー音楽のアーティストのコンサート会場で選挙人登録を受け付けることは珍しくないが、この当時は稀有なことで、いわば嚆矢であった。

次にバンド編成にも大きな特徴がある。Zappa は、前述のとおりバンド The Mothers Of Invention を率いて1965年にデビューして以来、The Mothers 名義そしてソロ名義を通じ、多様なタイプのバンド(時にはビッグバンドやオーケストラを率いることもあった)をその時々で組んできた。それらのバンドで登用されたミュージシャンの中には、後にジャズ、ファンクのキーボード奏者として名を馳せた George Duke(ジョージ・デューク=故人)や、ハードロック界でもテクニカルな演奏を存分に聴かせたギター奏者 Steve Vai(スティーヴ・ヴァイ)、要塞のようなドラム・セットで知られるドラムス奏者 Terry Bozzio(テリー・ボズィオ)など、蒼々たる顔ぶれが揃っている。Zappa のバンドには、ほとんどの場合、マリンバ等を担当する打楽器奏者が含まれるが、今回もこれを Ed Mann(エド・マン)が担当している。加えて、トランペット(フリューゲルホーン持ち替え)、トロンボーン、アルト・サックス(バリトン持ち替え)、テナー・サックスおよびバリトン・サックス(バスおよびコントラバス・クラリネット持ち替え)からなる本格的なホーン・セクションも組まれた。複数の管楽器がメンバーに含まれるのは1976年の年末公演以来で、これにより他のツアー・バンド(特に1984年のバンドは打楽器奏者をも含まない極めてシンプルな編成であった)と比較してよりいっそう充実したアンサンブルを聴かせてくれる。

そして、この88年のツアーは、Zappa にとって生前最後のツアーとなったという点でも、非常に意義深い。彼はその後1990年にかなり進行した前立腺癌であると診断され、ほどなく1993年に亡くなったゆえ、何度か他人の公演のステージに姿を見せた機会(最も印象的だったのは、ドイツの現代音楽演奏集団アンサンブル・モデルンがザッパの楽曲を演奏・録音した際に、一部の楽曲で指揮者として登場した最晩年の様子であった)を除いては、もはやライヴ・コンサートを行うことがなかったのである。こうした理由から、関堂は Zappa の1988年ツアーの演奏とそれを納めた音源を、とりわけ好んで聴いていた。

この1988年ツアーの音源は、Zappa の生前も含めてこれまで多くのアルバム作品にも含まれている。中でも、“Broadway the Hard Way”(1988年)、“The Best Band You Never Heard In Your Life” および “Make a Jazz Noise Here”(ともに1991年)は、いずれも作品全編が1988年ツアーの音源で構成されている(本作に含まれる楽曲の中にもこれらの作品と一部重複するものがあるが、どれもテイクやアレンジが異なる)。それらの各作品を差し措いて本作をまず紹介するのは、本作が1回のコンサートをほぼまるごと収録して再現しているからにほかならない。CD1 の第1トラックは、バンドによる長いイントロを背景に、選挙人登録キャンペーンを行うことについてのニューヨーク州知事からの謝辞の代読が納められていたり、同じく第12トラックから第13トラックでは、休憩時間に際して選挙人登録を促す様子が流れたりして、その時の情景を窺い知ることができる。また先述したような彼の音楽の多様性は本作だけでも十分に表れており、特に他者の楽曲を演奏する、いわゆるカバー楽曲が多岐に渡っている点も白眉であろう。すなわち、近代クラシックの楽曲では、Igor Stravinsy の “兵士の物語(L’Histoire du Soldat)” から “Marche Royale”、Bartók Béla の “ピアノ協奏曲第3番(Piano Concerto № 3)” の冒頭および Maurice Ravel の “ボレロ(Boléro)” が、またポピュラー音楽では、The Beatles の複数の楽曲(“I Am the Walrus” ならびに “Norwegian Wood”、“Lucy In the Sky” および “Strawberry Fields Forever” のメドレーで、米国のテレビ伝道師 Jimmy Swaggart を揶揄した内容の歌詞に変更したもの)、Led Zeppelin の “Stairway To Heaven” および The Allman Brothers Band の “Whipping Post” といった作品が演奏されており、本当の意味で聴く者を飽きさせない。

演奏は、そもそも Zappa による難関オーディションを経てきた腕利きばかりなのでレベルが高いことは言うまでもない。とりわけ、この日ちょうど誕生日であった Chad Wackerman(チャド・ワッカーマン)のドラムスのキレが抜群だ。

音質は、80年代後半のロック・コンサートの収録としては平均点以上で、いたずらに音圧を上げることなくダイナミック・レンジもそれなりに確保されている。ただ、ホーン・セクションの各楽器の音にはもう少しリアリティがほしかったところだ(ややペラペラした薄い感じがある)。

“The Black Page (New Age Ver.)” の帯域データ(WaveSpectra)

ライナー・ノーツにもあるように、この1988年ツアーの音源のほとんどは、デジタル録音機 Sony 3324 DASH PCM を2台使って 24×2=48トラックのマルチ・チャンネルで録音されているらしい。ただこの機材のスペックから判ずるに符号化にあっては 48kHz/16bit を超えることはできず、高レベルのハイレゾ音源は望むべくもないことがやや残念だ。

Zappa が鬼籍に入ってすでに30年になろうとしている2022年現在、彼の腕から新たな楽曲が生み出されることはもはやあり得ないが、遺された録音がいまもこのように新たに提供されることは素直に喜びたい。しかしそれと同時に、この先まだどれほどの音源が遺されているのかと想像すればするほど空恐ろしい気持ちにもなるのであった。

Kraftwerk “3-D The Catalogue”

投稿者: | 2022-08-17

基本データ

アーティスト:
Kraftwerk
タイトル:
3-D The Catalogue
レーベル:
Parlophone / Kling Klang
リリース年:
2017年5月26日

レビュー

  • 音質  ★★★★★★★★★☆ (9)
  • 曲目  ★★★★★☆☆☆☆☆ (5)
  • 演奏  ★★★★★★★★★☆ (9)
  • 雰囲気 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ (0)

ドイツ・テクノの重鎮 Kraftwerk(クラフトヴェルク=日本では一般にクラフトワーク)のライヴ盤。……だが、このカテゴリーで扱うべきか否かという点で「問題作」だ。確かにこれはコンサートでの演奏を収めたものなのだが、後述のように観客の歓声等は完全に排除されているからだ。

Kraftwerk は、1974年の正式デビュー(これより前に3作品をリリースしていたが、それらは現在公式に扱われていない)以来、①Autobahn(同年)、②Radio-Activity(1975年)、③Trans-Europe Express(1977年)、④The Man Machine(1978年)、⑤Computer World(1981年)、⑥Techno Pop(1986年=当初のタイトルは “Electric Cafe”)、⑦The Mix(1991年=過去作品のベスト・トラックをセルフ・リメイクしたもの)および⑧Tour de France(2003年)と、8作のアルバムを世に送り出している(このほか、2000年のドイツ万国博覧会のテーマ曲 “Expo 2000” がシングルとしてリリースされ、後にこの曲は “Planet Of Visions” としてライブラリーに加えられている。また2005年にはライヴ盤 “Minimum-Maximum” も出している)。さらに、上記公式アルバム8作品は2009年にすべてリマスターされ再リリースされている。

そして2012年4月、Kraftwerk は米国ニューヨーク近代美術館(MoMA)において、公式作品8作を8日間に渡り全曲演奏するというコンサートを挙行、音響はサラウンドで、音楽にシンクロした 3D 映像を舞台上に大きく見せる(観客は 3D 用のメガネを着用)というものだった。そこでは楽曲の一部は新たにリメイクされ、初期の作品の楽曲もまったく古さを感じさせないものになっていた。その後このスタイルの「全曲公演」は日本を含めた世界各地で行われ、2022年現在でも(2020年からの Covid-19 蔓延による中止・延期を経ながらも)繰り返し催されている。

この「全曲公演」を収めたのがまさに本作品で、音声のみの CD、配信ほか、3D 映像・音響を伴う Blu-ray もリリースされている。

もっとも実際の公演では、例えば ①Autobahn の公演日では同作品の全曲に加えてその他の選りすぐりの楽曲でセットリストを構成していた(締めは必ず “Music Non Stop”)が、このライヴ盤ではオリジナル・アルバムごとに区切られているだけである(本来アルバムに収録されていなかった “Planet Of Visions” は ⑦The Mix に含まれる扱い)。また、Blu-ray ではメニュー操作で ⑦The Mix の再生を選ぶと他作品の映像・音声が使い回されるが、関堂が購入した音声の配信データでは ⑦The Mix においては疑似サラウンド・ミックスが施されていて他作品とは別扱いになっている(演奏自体は同一テイクかもしれないが)。実際のコンサートのセットリストを再現したのであれば、プレイリストを活用すればよいだろう。こうした観点から「ライヴ盤としての選曲」は本作においてほとんど重要視されてはいない。しかしむしろ「デビューからの公式8作品全曲の現代リメイク版」と位置づけることで、その意義は小さくないものだと言えよう。

音にこだわることで知られる Kraftwerk ゆえ、当然ながら本作も音質はよい。彼らのようなシンセサイザーによるテクノ・ミュージックにおいては、最低域(20Hz~60Hz)をきちんと出せるかどうかで雰囲気がまったく変わってくる。スピーカーにしろヘッドフォンにしろ、しっかりしたシステムで聴きたい。

“Aéro Dynamik” の帯域(WaveSpectra)

ダイナミック・レンジも、PC の音楽再生環境である foobar2000 + Dynamic Range Meter で測定してアルバム全体の平均で 10/20 と、昨今のポピュラー音楽にしては大きい。

問題なのは冒頭にも示した「雰囲気」だ。実際の公演は観客もいて拍手や歓声も上がっていたが、ソフトでは除かれている(歓声等を取り除くことが技術的にさほど難しくないことは 巻頭言 でも述べたとおりだ)。しかも Kraftwerk の場合、ライヴ・パフォーマンスもひたすら静的だ。写真からもわかるとおり、4人が舞台上に均等に配置されたそれぞれのワークステーション前に立って操作するだけなのだから。

Kraftwerk autobahn.JPG
Franz Schuier from Germany – #kraftwerk #autobahn, CC 表示 2.0, リンクによる

そうなると本作では、いわゆるライヴ盤ならではの高揚・興奮といったものはまったく感じられない。本作に先立つ2005年のライヴ盤 “Minimum-Maximum”(CD と DVD がある)では観客の歓声も含まれていたのだが、なぜ本作では一切の歓声が除かれたのだろうか? 察するに、本作のこの形が、Kraftwerkの(そしてその唯一の創設メンバーである Ralf Hütter の)我々聴衆に対する、「この状態で聴いてくれ」という提案なのではなかろうか。Blu-ray に収録された映像は 3D にしてあって対応する機器やメガネによって立体的に見えるし、音響も Dolby Atmos 等のサラウンドだ。一般のライヴ映像作品のサラウンドだと演奏が前方に、そしてその反響と歓声等が後方に拡がるが、本作ではそうではなく、純粋に音楽だけが360度に拡がる。彼らはこれを求めていたのではないか ――そう思える。そして歓声等が排されることで、あたかもクラシック音楽のコンサートでそれを聴くように音楽そのものに没入できる。実際、関堂は本作のような形式になってからの Kraftwerk の公演では、2013年5月の大阪なんば Hatch と、2019年4月のフェスティバルホールとの両方を鑑賞したが、前者は立ち見で混雑してロクに見聞きできなかったのに対し、後者では着席してまさしくクラシック音楽の公演におけるように落ち着いて鑑賞できたのは大変よかった。本作がその後者のような公演の再現を意図しているのだとしたら、確かに歓声等は要らないのだろう。

そういう意味で、本作はやはり紛れもない「ライヴ盤」なのだ。