ソウル・ジャズのギタリストして、またラヴ・バラードでは甘い歌声を聴かせるブラック・コンテンポラリーのヴォーカリストして、どちらにも名を馳せる George Benson(ジョージ・ベンスン)が、2019年に英国ロンドンの名門 Ronnie Scott’s Jazz Club で行われた公演を録音し、翌年リリースしたライヴ盤である。
ベテランの名演とは、まさに本作のような演奏を言うのだろう。Benson 自身はもちろん、他のミュージシャンも一様にリラックスしているのが音からもよくわかる。それでいてテクニックは確かなのだから、さすがだ。特に Donny Hathaway(ダニー・ハサウェイ)の名曲 “The Ghetto” のカヴァーは、本家のような(12分にも及ぶ)熱量溢れる演奏とはまた異なり、落ち着いた雰囲気ながら聴く者をグイグイと乗せてくるグルーヴがたまらない。
曲目は、上記の “The Ghetto”(Benson はスタジオ盤でもカヴァーしている)を含め Benson のベスト・トラックともいうべき粒揃いの楽曲ばかりだが、彼の長くかつ充実したキャリアからすれば、もっと収録曲があってもいいように思われる。収録時間も全体で1時間15分足らずと、ライヴ盤としてはやや短めだ。そうなると、本作には果たして当日演奏された楽曲のすべてが収められているのか、という疑問が浮かぶ。この点について、さまざまなアーティストのさまざまな公演におけるセットリストを記録した情報共有型ウェブサイト setlist.fm で調べてみると、本作の公演は残念ながら掲載されていないようだが、同時期以降の Benson の公演がいずれも合計1時間30分に満たない程度であることから判ずるに、本作には公演での全楽曲が収められているのだろうと思われる。
Frank Zappa が1970年代半ばから1980年代前半にかけて、その時々のバンドを率いてほぼ毎年のように行っていたハロウィーン・コンサートのうち、“Halloween 77” の題名が示すとおり、①1977年10月28日第1公演、②同日第2公演、③10月29日第1公演、④同日第2公演、⑤10月30日公演および⑥10月31日(ハロウィーン当日)公演を収めた作品である。本作には頒布形式が2種類あり、一つは上記⑤および⑥のハイライトで構成された CD 3枚組(公式リリース番号は110K)だが、もう一つは ハロウィーン用仮装道具が入ったボックス・セット(公式リリース番号110)で、同梱された USB メモリーに上記①~⑥全公演の全楽曲が 44.1kHz/24bit の WAV データで収録されている(後者は限定生産ゆえ現在では中古でないと入手困難)。
本作は、「Zappa は難解でノレない」というロック好きの人には是非一聴してほしい(それでも一般的なロックとはそれなりに異なるのだが)。さすがに6公演全部となるとマニアックになるが、ハイライトの CD 3枚組でも魅力は十分に伝わるはずだ(なお、サブスクリプションでの配信は、本作は残念ながらなさそうである)。
本作の音質についても触れておこう。下の画像の周波数スペクトラムは、2019年に Bob Ludwig(ボブ・ラドウィグ)がリマスタリングを施したハイレゾ・データ(96kHz/24bit)による。かつて中学生の時に聴いた際にも(華やかな音を前面に出した他のポップスなどと比べて)なんとなく暗い音作りだなと思ったものだが、確かに90Hzから10kHzにかけてはピークとディップが細かく入り交じっているものの、10kHzを超えたあたりからはなだらかなカーブを描いていてあまり動きがない。その一方で、20kHz超でも後から取ってつけたような人為的な波形になっておらず、このハイレゾ・データが本当にアナログ・マスターから作られたのであろうことを推察させる。ダイナミック・レンジもアルバム全体で7と、最近のポピュラー音楽の音源としては平均的で音圧もまあまあだ。
Zappa の1988年のツアーは、それまで彼が行ってきた数多くのツアーの中でもいくつかの点でとりわけ特徴的である。まず久しぶりのコンサート・ツアーであることが挙げられよう。彼は、1984年まで毎年米国国内を中心にコンサート・ツアーを行っていた(特に10月末のハロウィーン・コンサートは例年恒例となっていた)が、それ以降はいったんライヴ・コンサート活動から引退していたのである(ちなみに1984年は、Zappa がその率いるグループ The Mothers Of Invention を正式に結成してから20周年であった)。一度は引退した彼を再びステージへと復帰させた大きな動機となったのは、米国の大統領選挙であった。当時は共和党政権で、Ronald Reagan(レーガン)から George Herbert Walker Bush(ブッシュ父)へと政権が引き継がれようとしているところである。もともと Zappa は、共和党の支持母体でもあるキリスト教右派(キリスト教原理主義者)を厳しく批判していたところ、自身が民主党から大統領候補となることさえも考えたが、諸般の事情でそれが叶わなかったことから選挙活動の代わりに大規模なコンサート・ツアーを企画したとされている。そしてそのツアーの米国内でのコンサートの各会場では、大統領選挙の投票に必要な選挙人登録を実施するというキャンペーンに打って出た。今でこそ、若者の投票を促すべくポピュラー音楽のアーティストのコンサート会場で選挙人登録を受け付けることは珍しくないが、この当時は稀有なことで、いわば嚆矢であった。
次にバンド編成にも大きな特徴がある。Zappa は、前述のとおりバンド The Mothers Of Invention を率いて1965年にデビューして以来、The Mothers 名義そしてソロ名義を通じ、多様なタイプのバンド(時にはビッグバンドやオーケストラを率いることもあった)をその時々で組んできた。それらのバンドで登用されたミュージシャンの中には、後にジャズ、ファンクのキーボード奏者として名を馳せた George Duke(ジョージ・デューク=故人)や、ハードロック界でもテクニカルな演奏を存分に聴かせたギター奏者 Steve Vai(スティーヴ・ヴァイ)、要塞のようなドラム・セットで知られるドラムス奏者 Terry Bozzio(テリー・ボズィオ)など、蒼々たる顔ぶれが揃っている。Zappa のバンドには、ほとんどの場合、マリンバ等を担当する打楽器奏者が含まれるが、今回もこれを Ed Mann(エド・マン)が担当している。加えて、トランペット(フリューゲルホーン持ち替え)、トロンボーン、アルト・サックス(バリトン持ち替え)、テナー・サックスおよびバリトン・サックス(バスおよびコントラバス・クラリネット持ち替え)からなる本格的なホーン・セクションも組まれた。複数の管楽器がメンバーに含まれるのは1976年の年末公演以来で、これにより他のツアー・バンド(特に1984年のバンドは打楽器奏者をも含まない極めてシンプルな編成であった)と比較してよりいっそう充実したアンサンブルを聴かせてくれる。
この1988年ツアーの音源は、Zappa の生前も含めてこれまで多くのアルバム作品にも含まれている。中でも、“Broadway the Hard Way”(1988年)、“The Best Band You Never Heard In Your Life” および “Make a Jazz Noise Here”(ともに1991年)は、いずれも作品全編が1988年ツアーの音源で構成されている(本作に含まれる楽曲の中にもこれらの作品と一部重複するものがあるが、どれもテイクやアレンジが異なる)。それらの各作品を差し措いて本作をまず紹介するのは、本作が1回のコンサートをほぼまるごと収録して再現しているからにほかならない。CD1 の第1トラックは、バンドによる長いイントロを背景に、選挙人登録キャンペーンを行うことについてのニューヨーク州知事からの謝辞の代読が納められていたり、同じく第12トラックから第13トラックでは、休憩時間に際して選挙人登録を促す様子が流れたりして、その時の情景を窺い知ることができる。また先述したような彼の音楽の多様性は本作だけでも十分に表れており、特に他者の楽曲を演奏する、いわゆるカバー楽曲が多岐に渡っている点も白眉であろう。すなわち、近代クラシックの楽曲では、Igor Stravinsy の “兵士の物語(L’Histoire du Soldat)” から “Marche Royale”、Bartók Béla の “ピアノ協奏曲第3番(Piano Concerto № 3)” の冒頭および Maurice Ravel の “ボレロ(Boléro)” が、またポピュラー音楽では、The Beatles の複数の楽曲(“I Am the Walrus” ならびに “Norwegian Wood”、“Lucy In the Sky” および “Strawberry Fields Forever” のメドレーで、米国のテレビ伝道師 Jimmy Swaggart を揶揄した内容の歌詞に変更したもの)、Led Zeppelin の “Stairway To Heaven” および The Allman Brothers Band の “Whipping Post” といった作品が演奏されており、本当の意味で聴く者を飽きさせない。
演奏は、そもそも Zappa による難関オーディションを経てきた腕利きばかりなのでレベルが高いことは言うまでもない。とりわけ、この日ちょうど誕生日であった Chad Wackerman(チャド・ワッカーマン)のドラムスのキレが抜群だ。
Kraftwerk は、1974年の正式デビュー(これより前に3作品をリリースしていたが、それらは現在公式に扱われていない)以来、①Autobahn(同年)、②Radio-Activity(1975年)、③Trans-Europe Express(1977年)、④The Man Machine(1978年)、⑤Computer World(1981年)、⑥Techno Pop(1986年=当初のタイトルは “Electric Cafe”)、⑦The Mix(1991年=過去作品のベスト・トラックをセルフ・リメイクしたもの)および⑧Tour de France(2003年)と、8作のアルバムを世に送り出している(このほか、2000年のドイツ万国博覧会のテーマ曲 “Expo 2000” がシングルとしてリリースされ、後にこの曲は “Planet Of Visions” としてライブラリーに加えられている。また2005年にはライヴ盤 “Minimum-Maximum” も出している)。さらに、上記公式アルバム8作品は2009年にすべてリマスターされ再リリースされている。
そして2012年4月、Kraftwerk は米国ニューヨーク近代美術館(MoMA)において、公式作品8作を8日間に渡り全曲演奏するというコンサートを挙行、音響はサラウンドで、音楽にシンクロした 3D 映像を舞台上に大きく見せる(観客は 3D 用のメガネを着用)というものだった。そこでは楽曲の一部は新たにリメイクされ、初期の作品の楽曲もまったく古さを感じさせないものになっていた。その後このスタイルの「全曲公演」は日本を含めた世界各地で行われ、2022年現在でも(2020年からの Covid-19 蔓延による中止・延期を経ながらも)繰り返し催されている。
この「全曲公演」を収めたのがまさに本作品で、音声のみの CD、配信ほか、3D 映像・音響を伴う Blu-ray もリリースされている。
もっとも実際の公演では、例えば ①Autobahn の公演日では同作品の全曲に加えてその他の選りすぐりの楽曲でセットリストを構成していた(締めは必ず “Music Non Stop”)が、このライヴ盤ではオリジナル・アルバムごとに区切られているだけである(本来アルバムに収録されていなかった “Planet Of Visions” は ⑦The Mix に含まれる扱い)。また、Blu-ray ではメニュー操作で ⑦The Mix の再生を選ぶと他作品の映像・音声が使い回されるが、関堂が購入した音声の配信データでは ⑦The Mix においては疑似サラウンド・ミックスが施されていて他作品とは別扱いになっている(演奏自体は同一テイクかもしれないが)。実際のコンサートのセットリストを再現したのであれば、プレイリストを活用すればよいだろう。こうした観点から「ライヴ盤としての選曲」は本作においてほとんど重要視されてはいない。しかしむしろ「デビューからの公式8作品全曲の現代リメイク版」と位置づけることで、その意義は小さくないものだと言えよう。